リレー日記

支部活動

 リレー日記の更新が滞ってしまい、HP担当者として同窓会の近況報告をさせていただきます。本部同窓会では、さまざまな活動があるのですが、そのなかに支部活動があります。北は北海道から、南は熊本まで20以上の支部があります。看護学部の同窓生の皆様も全国のさまざまな場所で生活をされていると思います。各地区で、行われている支部活動にも、ご都合がつくときにはご参加いただければと思います。10月29日には、各支部の代表者が集まる機会がありますので、またその様子をお伝えしたいと思います。小山

矢部さんより(2014年12月)

 皆さん、こんにちは。2005年に看護学部を卒業し(16回生)、早いもので9年が経過してしまいました。その間、都内の救命救急センターで3年、北里の救命センターで4年勤務し、2年間の大学院生活を経て今年北里の救命救急・災害医療センターに戻りました。
 皆さんは北里大学病院が新たな建物に変わった事はご存じかと思いますが、新たな建物に一つ追加された設備をご存知でしょうか?新たな設備…それは屋上ヘリポートです!北里大学病院はドクターヘリの基地病院ではありませんが、屋上にヘリポートが出来たんです。
 引っ越し前は近くのグランドにヘリを着陸させて、そこからドクターカーで病院まで搬送していました。しかし今は、屋上に着陸 ⇒ エレベーターで処置室まで搬送していて、時間も手間も省けるようになりました。さらに、ドクターヘリだけでなく災害時には連携が必要になる消防や自衛隊などと連携訓練や災害訓練なども行われ、実際に海上の船から急病人が運ばれてくることもありました。飛行機マニアの自分にとって、いろいろなヘリコプターを近くで見られる事はとてもうれしい反面、患者様の状態は重症で日々学ばなければならない事が満載です。今は医師やコメディカルと連携して救急車だけでなくドクターカーやヘリコプターの受け入れで精一杯な日々…。大学院生活で得られた知識を活用できれば!と思っているのですが…上手く知識と臨床を繋ぐことが出来ずに苦戦しています(笑)。


皆川さんより(2014年11月)

 こんにちは。2009年度卒業(20期生)の皆川です。この6年間を振り返ると小児科、精神科、消化器外科で働き、6年目としては稀な3つの病棟を経験しました。現在は東病院の消化器外科で働いています。ローテーションをした経験を振り返ると、個々の病棟のスタッフの特色、働き方、看護ケアについて大きく異なり初めの1年は大変でした。また同期や後輩がリーダーをやり始め、自分だけ置いてきぼりを感じ看護師として自信が持てない時期がありましたが、そんな時ある先輩の言葉を思い出しました。「リーダーができたからって偉いわけじゃない。君は3つの領域も経験している。今の病棟で自分にしかできないことをやってごらん」この言葉を聞いた時カッコいいなあと鳥肌が立ったのを覚えています。この言葉で何か吹っ切れた気がしました。自分は3つの病棟の看護に触れている。それから今までの経験を生かした看護をしようと考えるようになりました。今ではリーダーをやる中で今後の看護師の方向性について時折考えています。10年後、20年後はどんな看護師になっているのかな。先は長いので息抜きしながら頑張っていきます。

木村(旧姓星)さんより(2014年9月)

 みなさん、こんにちは。1998年卒(たぶん9回生)の木村(旧姓:星)です。
卒業後、13年ほどずっと北里で(しかも同じ小児病棟で)勤務し、その中で結婚・妊娠&出産×2を経験しました。主人や両親、病棟のスタッフたちに助けられながら(あ!病児保育室もたくさん活用しました(笑))ワーキングマザーをしていましたが、主人の転勤(?)で退職し、ちょっぴり海外生活も経験しました。
 居住地はすごく治安が良くて、人が暖かくて、自然がいっぱいあって、子育てするにはとっても良いところでした。とっても楽しかった!!ゆっくりと自分や家族の今後を考えたのも、その時でした。
 「もし再就職するなら、やっぱり小児じゃないと嫌だな」と思い、ずっと子どもと関わっていたいから&今まで自分が行ってきた看護の裏付けが欲しい!などという理由で、大学院進学を決めました。
 北里には小児のCNSコース(「小児看護の現場にいたいからCNS」という結構安易な理由)がなかったので、思い切って外に飛び出してみました。初めての外の世界!新しい発見がいっぱいです。外から見る北里も新鮮で、長所も短所もよ~く見えます。とっても素敵な人たちとの出会いもたくさんあり、外に出てみて良かったなと本当に思っています。
 今は、院生と妻と母、3足のわらじを欲張って履いていますが、主人も子どもたちも両親もそんな私にとても協力してくれるので、なんとか頑張れています。レポートや課題の嵐で、寝不足でイライラしていても、「お母さんが頑張ってるから、僕もちゃんと頑張るね」と言ってくれる息子や「お母さん大変だから、お手伝いするね」と言ってくれる娘と主人からの愛情が、癒し&支えになっています。ほんとに、感謝感謝の毎日です。
 正直、学業よりも実働に戻りたい~!!と、まだ入学して4か月しか経っていないのに、すでに何度も思っています(笑)。
 でも、支えてくれて励ましてくれる家族のためにも、卒業までちゃんと頑張ろうと思う今日この頃です。

糸嶺さんより(2014年8月)

 スローライフはいいかも!
 みなさん、こんにちは。3回生の糸嶺です。北里大学東病院での勤務を経て、現在は実家のある茨城県にて教員をやりつつ、妻(3回生、旧姓:大甕)と3人の子供でスローライフを満喫しております。茨城県は「魅力のない県」のナンバー1に輝いたようですが・・・確かにそうかも?・・・。
 いえいえ、目立たないだけで、小さな幸せはたくさんありますよ!
 まず、野菜がおいしい!お米がおいしい!というところでしょうか。地元の農家と経営しているのか、冷凍物を出さないレストランでは、普通に出てくる「ライス」がおいしいのです。また、お弁当屋さんの「ライス」もおいしいです。野菜も普通のスーパーに超新鮮な野菜が普通に並びます。うまく言えないのですが、「超新鮮コーナー!」や「産地直送!」とか看板がなくても、いいものが沢山あります・・・あ!よく考えたら産地だから当たり前ですね・・・orz。
 まあまあ、こんなスローな私ですが、最近何を思ったか進学してしまいました。50歳の足音が聞こえてくるこの歳で、そりゃ~もう大冒険!今は研究とおでこの後退と戦っています。ここで一言、「進学は1分でも1秒でも早い方がよい」!
 とりとめがありませんが、楽しく生きてます!

後藤(旧姓早川)さんより(2014年7月)

 こんにちは。9回生の後藤です。先日、学生時代から続いている「歩こう会」(現在は「山本昇先生を囲む会」)に参加してきました。先生が大学を退任された後も、世代や職種を超えた卒業生が年に1~2回のペースで集まり、飲み会や旅行をしています。今回も先生は昔と変わらず厳しくも大きな愛情で私たちを包んでくれ、仕事やプライベートのこと、時には真面目にこれからの看護のことなども語り合い、わいわいがやがやと笑いの絶えない楽しい時間でした。
 卒業後の自分を振り返ると、リフレクソロジストとして一度は外に出ましたが、看護師、大学院、教員と、ずっと北里に育ててもらっているのだなあと感謝の思いでいっぱいになります。7年間の北里での教員生活は、大変なこともたくさんありましたが、懐かしい先生方や卒業生の教員たち、そして学生さんたちに囲まれ、自ら学ぶことの大切さや自分は看護が好きなのだなということにあらためて気づくことができ、今までで一番成長した日々であったように思います。昨年からは、のんびりと専業主婦生活を送っていますが、これからも北里っ子として、みなさんからの刺激を受けながら成長していけたらと思っています。

飛田(旧姓 鈴木)さんより(2014年5月)

 こんにちは。飛田です。2004年に卒業してから早いもので10年が経ちました。私は卒後、北里大学病院で2年間働いた後、結婚を機に栃木県に移り住みました。その後、夫の仕事の都合で引っ越し、現在は東京の産婦人科病院の外来で働いています。この間2人の子どもを出産、子育てをしながら、臨床を離れることなく続けてこられたのは、夫の協力があったからだと思います。お互いの両親が遠方のため、夫の協力がとても重要で、私の帰りが遅い時は、夕食も作ってくれます。今現在は、5歳の息子、2歳の娘の2児の母として仕事と子育ての両立に奮闘中です。ありがたいことに、職場には私と同じく育児真っ只中のスタッフも多い為、お互いに協力しながら働ける環境でとても感謝しています。
 保育園で過ごす時間が長い子ども達ですが、息子は妹を守ってくれ、園庭では仲良く遊んでいるようです。その反面か、自宅では兄妹喧嘩しまくりで、私も怒りっぱなし…これまた疲労の要因ですね。
5月からは兄妹そろって英会話を習い始めることになりました。どれくらい続くかな…と思いつつもまずは楽しく英語に触れてくれたらいいなと思います。私自身もこれからもマイペースに育児を楽しみながら仕事も続けていきたいと思っています。

吉部さんより(2014年3月)

こんにちは。私は、現在既存棟9階の看護コラボレーションセンターに勤務しています。実は3度目の「北里出戻り」です(笑)。前回の安江さんと同じく2003年に卒業し、泌尿器科で4年、救命救急で2年5ヶ月勤務しました。
コラボレーションセンターでは、遂行している大きなプロジェクトのサポート業務ですが、その俯瞰図をのぞき見させてもらうと、看護職のキャリアについて考える事も多く、入職以来勤続し着々とキャリアを積んでいる先輩や友人を羨ましく思う事もあります。しかし、一方で、私なりのライフスタイルやキャリアプランを築けばいいんだということを感じ、北里を離れ、海外で生活した経験や、療養型の病院や訪問看護ステーション、介護老人福祉施設などに勤務した経験など、すべてが「人生の肥やし」になると信じています。新しい環境に出会う度にわくわくしドキドキしながら生きるってすばらしい!

安江さんより(2014年1月)

こんにちは。私は2003年に卒業し東病院で働いたのち、一度看護師を辞め『演劇集団キャラメルボックス』という劇団の製作の仕事に就きました。

 「演劇の製作」と聞いても何のことやらとイメージのつきにくい職種だと思いますが、簡単に言えば舞台を行うにあたっての事務全般と言いますか…
公演を行う劇場を予約したり、チケットを販売したり、グッズを作ったりと。
そして本番が始まれば、劇場でお客さんと接して案内をしたり、グッズを販売したりと、まぁ医療とはかけ離れた世界で仕事をしていました。

 しかし、ひょんなことから看護の世界に戻ってきまして、今では大学病院の救命センターで働いています。
初めてのクリティカル領域での勤務に、毎日お腹が痛くなりながら勤務しています(笑)

 ふらふらと自由に、その時自分の興味のある事をやってきた結果、振り返えれば何ともまとまりのない、よく分からない経歴になってしまいました。
そろそろいい歳ですし落ち着かなければと自戒の思いにかられる今日この頃です…

朝間(旧姓 宮下)さんより(2013年8月)

こんにちは.私は2002年に卒業後,東病院精神科閉鎖病棟に配属され,リレー日記2番手の小山さんにプリセプティーとして育ててもらい,6年と4カ月勤務しました.よいスタッフに恵まれ精神科看護の面白さを感じながらも結婚,転居のため泣く泣く(?)北里を去りました.
その後,2人の子供を出産,子育てし,4年間のブランクを経て,聖隷浜松病院に勤務し外来の注射室に配属されました.ひたすら点滴などの処置を行う部署で,1年が経ち注射のスキルもあがり,やりがいも出てきたのですが,今年の9月から夫の仕事の都合でロサンゼルスに1年間行くことになりました.仕事に育児に英会話に自分の楽しみも!と欲張りな私はここ数カ月,怒涛の日々でイライラしてしまうことも多々ありましたが,今となっては「よく頑張った」と自分を褒めることにしました.またしても医療や看護の現場からは遠ざかってしまうのですが,様々な経験が自分を高め,よい看護につながると信じ頑張ってきたいと思っています.アメリカの病院でも見学してみます.ではいってきます!

奥富(旧姓 韮澤)さんより(2013年3月)

こんにちは。私は1998年に卒業し、大学病院で4年、通所介護で4年勤務したのち、現在は内科クリニックに勤めており、6年目になります。
2歳の息子を持つワーキングマザーとして頑張っています!・・・と言うと聞こえはいいですが、実際はイヤイヤ期の息子を叱り、なだめ、何とか保育園へ送り、遅刻ギリギリで職場に駆け込み、仕事が終わるとダッシュでお迎え、家に帰ればバタバタと息子を追いかけ回し、寝かしつけと一緒に自分も眠ってしまう・・・という毎日です。ありがたいことに、職場の方々は育児に理解があり協力してくださるので、日々感謝しています。
先月は、息子、私、夫、と順番に体調を崩しました。インフルエンザではなかったのですが、久しぶりに熱を出し、健康のありがたさが身にしみました。これからはより一層、家族の、そして自分自身の健康に留意したいと思います。

関森さんより(2012年4月)

みなさん、こんにちは!2007年(18回生)に卒業し、現在東病院精神科で6年目 として働いています。

ようやく桜も満開になり、今年度も病棟では新人さんを迎えることができました。

昨年度は新人教育に携わらせていただき、一人の新人を育てていく難しさを痛感した一年になりました。その役割を終えた今年度は自分自身のスキルアップのために何をしようか思索中です。

先日、実家である福島に帰省してきました。震災の爪痕はちらほら見受けられましたが、幸運なことに家族は全員元気に生活していました。ようやく震災から1年が経過。まだまだ復興には時間がかかりそうですが、被災地の皆さまの健康を微力ながらお祈りしております。

看護師6年目を迎える今年度、仕事にプライベートに充実した日々を過ごせるように、精進していきますp(^-^)q

岩﨑(志村)さんより(2010年7月)

こんにちは!私は2000年度に卒業して以来、東病院内をローテーションしながら、現在は5階の治験管理センターに勤務しています
 「ほら、早くご飯食べなさい。」「早く、着替えなさい。」「ほら、早く論文し上げなさい。」看護師として、母親として、妻として、現在の私の口癖はこんな感じでしょうか。うちには夫も含め3人の子どもたち(?:すべて♂)がいます。ちなみに夫は大学院生であり、私は一家の大黒柱なのです。憧れの専業主婦になれる日を夢見て、日々がんばっています!
 現在の職場は一般病棟とは異なる特殊な仕事内容で、安全でいいお薬を世の中に出すためにデータを収集したりしています。忙しいですが、とてもやりがいある仕事だと思います!3足のワラジをうまく履きこなせているかは別として、家族の笑顔に支えられながら、我が家は今日も笑いにあふれています!

柴田さんより(2010年5月)

北里っこからの旅立ち

こんにちは。一回生の柴田です。小山さんからバトンを受け取りました。
看護学部を卒業してから、看護師として北里東病院に、修士の学生として北里大学大学院に、教員として北里大学看護学部にお世話になってきました。このようにずっと北里っ子だった私ですが、昨年四月、ふるさとを旅立ち、日本赤十字看護大学大学院博士後期課程に進学しました。
この進学は、庭の池から大海原に放り出されたようなもので(ちょっと大げさだけど)、昨年一年は環境の変化に適応することで精一杯でした。学ぶ立場になるのは13年ぶり。満員の通勤電車は高校生以来。渋谷の街を歩くのも?年ぶり・・・。今年に入り、漸く学ぶ楽しさやありがたさを実感しはじめたところです。一杯一杯なのは変わりませんが・・・。
学生としての貴重な時間。荒波も楽しみながら進みたいなあ、と思う今日この頃です。
では、この辺でバトンを次の方へ。恵理ちゃん(教え子兼ママ友兼その他諸々つながり)、よろしくね。

小山さんより(2010年4月)

精神看護に関わってはや13年

みなさん、こんにちは。卒業して早いもので13年(2010年4月現在)の月日がたちました。1997年に就職した私は、第一希望の小児科には配属されず、第二希望の精神科病棟に配属されました。当時は、小児科に行けるものだとばかり勝手に思っていましたので、最初のショックはありましたが、精神科も行きたい科の1つでしたので、臨床での仕事はとても楽しく、徐々に精神看護の魅力にはまっていったわけです。その後大学院に進学し、今は教員として、精神看護の授業や実習を担当しながら、学生へ看護の魅力について伝えております。
 あのとき、小児科へ進んでいたら、13年後の自分は何をしていたのだろうと思うこともありますが、今は精神看護に進んでよかったと思っています。たくさんの人との出会い・経験すべてが、今の自分を作っているように思います。
 そしてこれから先の13年(卒業して26年)は、間違いなく精神看護の分野で働いていることでしょう。精神看護を通して、いつまでも看護について考えることができればいいなと思っています。(2010年4月)

中山さんより(2008年10月)

学生へのエール

はじめまして。今年度事務局を担当することになりました、中山と申します。まだまだ仕事に不慣れですが、理事の方を初め、新しい出会いを新鮮に感じる毎日です。
 秋が深まる今日この頃、事務局の窓から見える裏庭の木の葉は、赤や黄色に色づいてきました。今は、元看護学部職員駐車場に看護職員の寮を建設している真っ最中。重機の音に騒がしさを感じつつも、つい窓を開けてしまうのは、あたたかい日差しと秋風のせいでしょう。行動範囲が狭くなってしまった猫たちも、われ関せず、のんびり散歩や昼寝を楽しんでいる様子。そんな風景に癒されながら、今日はのんびり事務作業をしています。
 一方、学部の3年生は、今日から始めての領域別病院実習とのこと。朝早くから緊張した面持ちで学部玄関を出発していきました。そんな学生さんたちに10年前の自分の姿を重ね、思わずエールを送りたくなってしまいます。
 笑顔で頑張れ、3年生(^^)/(2008年10月)